退職金制度の導入方法と注意点

公認会計士の安藤智洋です。退職金制度は一度導入したら、支給額を減額したり、廃止したりすることは簡単にはできません。したがって、導入の前には退職金制度の目的、将来の財務への影響等をしっかりと検討する必要があります。

ここでは、退職金制度の導入の方法と、それぞれのプロセスにおける注意点について解説します。

現状を把握する

最初にすべきことは現状を正しく認識することです。現在の賃金制度や規則について把握するために、就業規則や賃金規程等がある場合には手元に準備してください。そして、まずは、退職金に関する規定の有無を確かめます。

「これから退職金制度を導入するのだから、規定があるわけない」と思われるかもしれませんが、必ず確認するようにしてください。中小企業の場合には、先代の経営者が書籍に載っているひな形を参考にして就業規則や規程を作成した結果、意図せずに退職金の支給がルール化されている場合があるからです。もし、退職金に関するルールがある場合には、退職金制度の不利益変更に気を付けなければなりません。

次に、給料等の支給水準を把握します。支給水準を把握するには、規程類だけではなく、給与台帳についても確認してみてください。把握すべきものは、標準的な従業員への支給水準の他に、全従業員もしくは就業形態別の平均支給金額、社内で最も高い水準の給料額等です。加えて、賞与を支給している場合には、支給の時期や賞与額の算定方法、支給実績も把握しておくと退職金制度を具体的に検討する際に役立ちます。

また、給料以外の支給、つまり福利厚生の状況についても確かめます。福利厚生制度の中には金銭以外による支給もありますが、これらも含めて把握しておきます。

以上について調べた結果については、一覧表としてまとめておきましょう。この一覧表は退職金制度の検討だけでなく、人事制度全般について検討する際にも利用することができます。

退職金制度の目的を明確にする

続いて、なぜ退職金制度を導入するのか、その目的を明確にします。ここが明確でないと、その後の退職金制度の設計ができなくなってしまい、最悪の場合、制度は導入したけど全く意味がなかったということにもなりかねません。

「いきなり目的を明確にと言われてもよくわからない…」という場合には、自分の会社にはどんな従業員がいて欲しいか、従業員の勤労意欲を高めるために何をしてあげたいか、ということから考えてみてもいいかもしれません。

退職金制度の目的は個々の企業によって違うため、一概に示すことはできませんが、一般的には次のような目的であることが多いです。なお、これらの目的は複数組み合わせられるときもあります。

  • 優秀な従業員を採用するため
  • 従業員に長期にわたり勤務してもらうため
  • 従業員の勤労意欲を高めるため
  • 高齢の従業員の退職を促し、従業員の新陳代謝を高めるため
  • 従業員とその家族の退職後の生活を支えるため
  • 従業員により多くの支給を行うため
  • 従業員に万が一のことがあった場合に、残された家族の生活を支えるため

退職金制度は導入ありきで目的を決めるものではありません。目的を明確にした結果、退職金制度ではその目的を達成できないということになったら、導入は見送るべきです。

特に、銀行や保険会社など、退職金に関わる商品を販売しているところから退職金制度の導入を進められている場合には注意が必要です。場合によっては、税金や社会保険料の節約につながるなど退職金制度の金銭的なメリットだけしか説明していない場合があるからです。

各退職金制度を比較・検討する

退職金制度の目的が決まったら、それを達成することのできる退職金制度がどれなのか比較・検討します。退職金制度によってそれぞれ特徴が異なります。必ず一長一短があるので、目的にピッタリと合う制度がない場合には、その過不足をどのように解消するのかも合わせて検討します。

退職金制度の比較においてチェックすべきポイントをまとめると次の表のようになります。なお、厚生年金基金については今後制度が縮小されることから、検討対象には加えていません。

比較ポイント 退職一時金 退職金共済 確定給付企業年金 確定拠出年金 退職金前払制度
支払いの平準化 不可
会社負担の不確実性 あり 原則なし あり なし なし
損金算入の時期 退職金債務確定時 拠出時 拠出時 拠出時 支払時
積立金の転用可否 不可 不可 不可 不可
自己都合退職による減額 不可 不可 不可
懲戒解雇による減額 不可 不可 不可
企業規模による制限 なし あり あり なし なし
掛金額の上限 なし あり なし あり なし
退職金の受取方法 一時金 一時金 or 年金 一時金 or 年金 一時金 or 年金
中途退職での支給可否 不可
離職の抑制効果 あり なし あり なし なし
会社倒産時の保全 なし あり あり あり

退職金制度の組み合わせを検討する

退職金制度には一長一短があるので、どれか一つの制度だけで、会社の導入目的を果たせるということは稀です。この場合には複数の制度の組み合わせを検討することになります。その際には、どの制度をどのくらいの割合で組み合わせるかということも検討します。なお、組み合わせとその割合については会社の任意で決定することができます。

例えば、将来の会社の財務負担を抑制したいので確定拠出年金を導入しようとしているが、従業員の中途退職も抑制し、長期勤務を奨励したいとします。確定拠出年金では自己都合退職を理由として給付の減額ができないので、退職一時金制度も同時に導入し、退職一時金制度には自己都合退職による減額というルールを盛り込むことで対応できます。導入の割合は5:5である必要はなく、より重視する機能を持つ退職金制度の比重を高めることができます。

規程の作成と導入

導入する制度が決まったら、実際に退職金規程の案を作成します。基本的な方向性は定まっていますので、後は細部を詰めていくことになります。規程は単純なものであればひな形を参考に自社で作成することも可能ですが、間違えのないようにするためには社会保険労務士等の専門家に依頼した方が確実です。

ここでは、退職金の水準をどのくらいにするかという検討も必要になります。上記の”現状を把握する“で用意した一覧表を用いて、給料・賞与や他の福利厚生とのバランスも踏まえながら、水準を決めていきます。例えば、賞与が従業員の成果に応じて決定するようになっているのであれば、退職金では功績よりも勤続を重視するようにすることが考えられます。

また、規程案の作成段階で会社の将来負担に関するシミュレーションも実施しておくべきです。もちろん、将来がどうなるかはわかりませんが、運用が上手くいかないケースや退職者が集中してしまうケースなど、会社の財務負担が増す可能性については予め検討しておき、対策を考えておくことが退職金制度を維持するうえで重要となります。

退職金制度を導入するにあたっては、基本的に労使合意、つまり、労働組合の同意、そのような労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する労働者代表の同意が必要となります。加えて、導入する退職金制度について従業員に理解してもらうための説明会も必要です。制度の細かい事項の説明については専門家に任せても良いですが、制度の導入趣旨や目的は経営者自らが説明するべきものです。

おわりに

退職金制度の導入方法について解説しました。導入するまでにやらなければならないことが多いと感じた場合には、専門家の助けを借りて効率的に進めていきましょう。

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