経営者も知っておきたい!退職金にかかる税金

公認会計士の安藤智洋です。退職金も所得の一つである以上、受け取った場合には税金がかかります。しかし、退職金は長年の勤務に対する報酬であること、老後の生活のために支給されるものであることから、税金が少なくなるように優遇されています。

経営者の方にとっては、会社の税金に直接関係するものではありませんので、これまで気にしたことの無い方も多いのではないでしょうか?しかし、退職金制度の導入や変更を行う場合には、退職金を受け取る立場の従業員にどれだけ税金がかかるのかを知っておくことは重要です。

ここでは、経営者が知っておきたい退職金にかかる税金について解説します。

退職金にかかる税金の概要

退職金を受け取ったときにかかる税金には、所得税と住民税の2種類があります。また、退職金の受取り方には、退職一時金として受け取る方法と年金として受け取る方法があります。いずれの場合でも、支払う税金が少なくなるようになっています。

さらに、税金ではありませんが、健康保険料や厚生年金保険料といった社会保険料についても給与や賞与にはないメリットがあります。

退職金制度の基礎知識について確認したい方は、”退職金制度とは?経営者が知っておきたい基礎知識“をご参照ください。

退職一時金の所得税

退職一時金は所得税の計算上、「退職所得」という区分に分類されます。退職所得の税金計算は次のように行います。
退職所得=(退職一時金-退職所得控除)×1/2
所得税額=退職所得×税率

この計算式は覚える必要はありませんが、次の3つのポイントを理解しておきましょう。

  • 退職所得控除
  • 分離課税
  • 2分の1課税

順番に解説していきます。

退職所得控除

退職一時金は受け取った金額のすべてについて所得税がかかるわけではありません。勤続年数に応じて、一定額を税金計算の対象外として差し引くことができます。その差し引く金額のことを「退職所得控除」といいます。

退職所得控除は次のように計算します。

勤続年数 退職所得控除
20年以下 40万円×勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)
20年超 800万円+70万円×(勤続年数-20年)

 
例えば、勤続年数が35年の方の退職所得控除は以下のとおり1,850万円となります。
800万円+70万円×(35年-20年)=1,850万円

これは、退職一時金が1,850万円を超える部分にしか税金がかからないことを意味します。もし、退職一時金が1,850万円以下であれば税金はかかりません。

分離課税

例えば、給与収入のみの方が、アパート経営を始めて賃貸収入を得たとします。この場合、給与収入と賃貸収入を合計した金額に税率を掛けて所得税が計算されます。所得税は累進課税となっているため、収入額が大きくなればなるほど税率も高くなります。

一般的には、複数種類の収入がある場合には、それらを合算した金額に対して税金を計算することになりますので、税率が上がり、税額も増えます。ところが、退職一時金にかかる税金を計算するときには、他の収入はなかったものとして計算します。これを「分離課税」といいます。

したがって、退職一時金の他にどれだけ収入があろうとも、その収入によって退職一時金の税率が上がってしまうことはありません。

2分の1課税

上述した退職一時金の税金計算式を1つにまとめると、次のようになります。
所得税額=(退職一時金-退職所得控除)×1/2×税率

この式を見るとわかるように、税率を掛ける前に1/2を乗じています。これは、端的に言ってしまえば、他の収入に比べて税金額が半分で済むということです。

退職一時金の所得税(まとめ)

上述のとおり、退職一時金のポイントは次の3つです。

  • 退職所得控除
  • 分離課税
  • 2分の1課税

つまり、退職一時金の所得税は、退職所得控除という一定額を税金計算から除外したうえで、低い税率を用いて算定されます。そこからさらに税額が2分の1になるので非常に所得税額が低くなるのです。

年金で受け取る場合の所得税

退職金を年金として受け取る場合には、所得税の計算上「雑所得」という区分に分類されます。雑所得に税率を掛けることで税金額が計算されます。年金にかかる雑所得には、退職一時金のような分離課税や2分の1課税といった税制優遇はありませんが、「公的年金等控除」という優遇があります。

公的年金等控除

年金にかかる雑所得は次のように計算します。この表は覚える必要はありません。退職金を年金としてもらう場合には、受領額の全額ではなく一定額を差し引いた残りに対して税金がかかるということが理解できれば大丈夫です。

年金を受け取る人の年齢 年金の合計額(A) 雑所得の金額
65歳未満 70万円未満 0円
70万円以上130万円未満 (A)-700,000円
130万円以上410万円未満 (A)×75%-375,000円
410万円以上770万円未満 (A)×85%-785,000円
770万円以上 (A)×95%-1,550,000円
65歳以上 120万円未満 0円
120万円以上330万円未満 (A)-1,200,000円
330万円以上410万円未満 (A)×75%-375,000円
410万円以上770万円未満 (A)×85%-785,000円
770万円以上 (A)×95%-1,550,000円

※令和元年までは上記で計算します。令和2年以降は合計所得に応じて控除額が変わります。

上記で計算した雑所得の金額は給与収入やアパート経営等の賃貸収入と合算された上で、税率を乗じて所得税が計算されます。なお、分離課税ではありませんので、他の収入額が多ければ、その分税率も高くなります。

退職金にかかる住民税

住民税は都道府県と市町村に納付しますが、標準税率は合計で10%となっています。

退職一時金の場合には「退職所得×10%」が住民税の金額になります。年金で受け取る場合には、「雑所得の金額×10%」が住民税の金額となります。なお、住民税は累進課税ではありませんので、他の所得の多寡による影響はありません。

社会保険料のメリット

税金に関することではありませんが、退職金と社会保険料の関係についても少しだけ解説します。

社会保険料とは法定福利厚生に分類される、健康保険、介護保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険にかかる保険料です。会社の決算書上は法定福利費に計上されます。いずれも、従業員の給与金額を基にして保険料が算出されます。社会保険料の納付は会社が行いますが、その金額は従業員と会社の両者が概ね半分ずつ負担します。

実は、退職金(退職一時金、年金)や企業年金への掛金拠出額は社会保険料の算定基礎となる給与金額に含まれません。つまり、退職金には社会保険料がかからないのです。

このため、退職金は給与や賞与に比べて、従業員の手取額が多くなります。さらに、会社負担もないため、法定福利費の金額も増加しません。退職金は労使ともに社会保険料のかからない給付なのです。

実際の優遇金額

ここでは、退職金と賞与を比較して、実際どれだけの優遇があるのかを見ていきます。比較するのは、次の2つのケースです。

  • 賞与として50万円を40年間毎年支給するケース
  • 退職金として40年勤続後に2,000万円を一時金として支給するケース

どちらも、合計の支給額は2,000万円で同じになります。

それでは、手取り額がどうなるかを見てみましょう。

控除項目 賞与 退職金 備考
所得税 160万円 0円 税率10%と仮定、復興税は未考慮
住民税 160万円 0円 税率10%
健康保険 99万円 0円 料率4.95%
介護保険 9万円 0円 料率0.865%、20年間
厚生年金 183万円 0円 料率9.15%
雇用保険 6万円 0円 料率0.3%
控除合計 617万円 0円
手取額 1,383万円 2,000万円

 
勤続年数が40年の場合、退職所得控除が2,200万円になるので退職金には税金がかかりません。また、退職金には社会保険料もかかりません。

この結果、両者は支給額が2,000万円と同額であるにも関わらず、手取額では実に617万円もの差が生じるのです。

なお、会社は、健康保険、介護保険、厚生年金については同額を負担、雇用保険は倍額を負担しますので、法定福利費も303万円少なくなります。

おわりに

このように、退職金については税金が非常に優遇されています。退職金制度がある場合、もしくは、これから導入しようとしている場合には、退職金の税金について、直接計算することはなくても、どのような優遇がされているかについては理解しておきましょう。

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